中村の考え

ベーシスト論

ベーシスト論

ベーシストになるのは難しい。上手にベースを弾く事は簡単だ。それほど難しくない。(と書くと語弊があるが)だが、ベーシストになるのはとても難しい。
ベーシストというのは、ベースが上手い人の事ではない。ベーシスト、という「人間」の事をそう呼ぶ。
ドラマーはドラムの上手い人でもなれるが、ベーシストは、そうはいかない。

極端なことを言えば、どんなにヘタクソでもいい、どんなに音楽のことを知らなくてもいい、どんなに沢山ミスをしてもいい、だけど、ここだけは守らなければならない、という場所を、死守出来る人間が、本物のベーシストだと思う。
死んでも守らなければならないものが、ベーシストにはあるのだ。
野球でいうところのキャッチャー、軍隊でいうところのしんがりだ。
そういうものを、本気で守り切れるようになるには、やはり時間がかかる。
多くの楽器奏者に、石の上にも10年、と僕はよくいうが、ベースは20年かかる
ベーシストという「人間」に磨きをかける時間が必要なのだ。

バンドに対し、スイングを提供するのもベーシストの重要な役割だ。しかしただ闇雲にスイングをバンドに提供すればいいというものではない。
場合によっては共演者のスイングの強弱(そう、そもそもスイングにはダイナミクスがあるのだ)を抜き取り、そのスイング感に寄り添う必要も多々ある。それが出来るベーシストはなかなかいない。
スイングとは一方向のものだけではなく、相互に独立しつつ、寄り添ったり距離感を作ったりしていくものでもあるのだ。
リズム的にトップで演奏したりボトムで演奏したり、そういう調節のみがスイングに関係しているのではない。むしろ、そういった調節は、本人の好みの範疇に入る。

ベースがそこそこ弾けるようになってくると、俺が俺がと自己主張したり、音楽の前面に出たがり、音楽全体を支配したがるベーシストがいる。気持は解らなくはない。だが、本当にいいベーシストは、前には出ず、その存在感だけで音楽全体を支配する。
ほんのちょっとしたスイングの強弱の違いや、ベースラインの組み方、トーンの傾け方や微妙な音量やタッチ、フロントプレイヤーとの音楽の相対関係と距離感、そのようなこと、特に、音の響きを作ることにより、バンド全体の音の品質を大きく上げることが出来るのだ。
自分自身が前面に出るのではなく、前面に出ているプレイヤーを影から操る。
ベーシストは人形ではない。人形使いなのだ。
やらずにやらせる。そんなことが出来るようになるにも、やはり20年のキャリアは必要となる。

ただ、残念ながら素人の目にはそういったベーシストの工夫は解りづらい。音がいいね、ぐらいしか解ってもらえないだろう。
そのベーシストがいると、なんだか解らないけど、いつもよりバンドが調子よいような気がするな、ぐらいに思えるベーシストが、本当にいいベーシストなのだ。
逆に、素人目に凄そうなベーシストは、ただ自己主張しているだけである場合は、往々ある。
更にいうならば、リスナーは、そういう観点でベーシストを見直してみてもいいかもしれない。

オーケストラ等でも、本当にいいベーシストがいるオケはかっこいい。ベースのサウンドが、全体の響きの要を作るのだ。最近親父の邦楽のレコーディングに時々立ち会っていて思うのだが、やはり低音を担う十七弦という大きな箏が、全体の響きを支配し、決定づける。

バンドの善し悪しは低音にあり、である。
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  1. 2014/04/02(水) 15:36:39|
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