中村の考え

無駄にうまいということ

以前にも似たような事を書いた事があるが、もう十分速く弾けるのに、もっともっと速く弾こうと、いっぱい練習している人がいる。

そんな練習は無駄だ。

どんなに手数音数が多く速く演奏出来ようが、それが音楽に即していない、僕はフィットしている、という言葉をよく使うが、フィットしていなければ、サウンドしないのだ。
サウンドする、というのをミュージシャンはよく使うが、これは調和する、といった意味です。

フィットしていてはじめて技術は生きるのだ。
フィットする為には何が必要か?
様々な要素が複雑に絡み合うが、その中でも重要なのは、タッチだ。
タッチとは何か?音色にイメージを投影するということだ。
鋭い音色だけども、その中にソフトなイメージを投影する事も可能なのだ。
音色と、イメージ、両方の引っ張りあいによってタッチは立体的になる。

強い弱い、という左右だけではなく、深い、浅い、といった空間に立体な音。

音楽の方向性は真逆に進んでいるようでも、フィットしていれば、それは距離になる。
なんせ、みんなが思っているよりも、音楽は、立体的なんだ。

それを知らずに平面的な技術を磨いたところで、音楽家として前進しない。

例えば、僕のトリオでは、全員が、音楽の本来流れるべきところと違うところで演奏して、しかし全員がその本来の流れを見ていて、その流れのところに戻ってくる、という状態になることがある。
その状態で、三人をつなぎ止めておくために必要な事は、距離を見ながら演奏出来るリラクゼーションと、やはりタッチによるフィット感だ。

僕ぐらいの年齢の人、より少し若い人、やり始めて10年ぐらいの人がこの壁にぶち当たる。
がむしゃらに音を出してみても何故か音楽がフィットしない、スムーズに行かない事に、やり始めて10年ぐらいでそろそろ気付き出すのだ。

ちなみに、スムーズに行かない理由は、音楽の流れるべき流れ、を無視して演奏しているからだ。
自分の中で、まだ言語化されるまで整理されていない。言語化され次第書く。

その壁を、既に超えている人、超えようとしている人、超えたいと思っているがその為に必死になって速度の練習をしている人。
色々です。


速く弾く事、という平面の練習から、深く弾く、浅く弾く、という立体の練習に切り替えよう。

そうすれば目の前の扉は開くはずです。
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  1. 2007/07/17(火) 12:31:46|
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音楽の軽み

日本人にとって、一音の深み、を表現する事は、意外と簡単な事なのかもしれない。

それよりも、むしろ、軽みを表現する事の方が遥かに苦手なのだ。

僕のいう軽み、とは、軽薄とは似てて非なるものだ。
以前書いた、普通とまあまあの違い、に通じるところがある。
軽いのだが、そこに品格を失わない、というような、軽み。

逆に、西洋人にとって、深みを表現する事は、難しい事なのかもしれない。

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  1. 2007/07/09(月) 10:27:08|
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