中村の考え

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脳みそ0%のすすめ

直感的に物事を捉えることは非常に大事である。アーティストに必要なのは、頭脳よりも何よりも直感力である。

とかく知識を得ると、人間は直感ではなく、脳みそで物事を捉えようとする。
私事でありますが、最近水彩画をはじめました。
とたんに美術鑑賞が直感的でなくなる。技法に目がいくようになるのです。
なまじの知識と経験は直感の邪魔になる。
では直感とは何ぞや?

将棋の世界の話をしましょう。むろん私はへぼ将棋なので、将棋の神髄を身を以て体験したことはございませんので、又聞きや文献によるお話です。
全てのボードゲームは、必勝法を探す旅、だといっても過言ではありません。
数学的に言えば、結論の存在するものなのだそうです。
オセロ等は必勝法が存在するそうです。多分、後手が必勝だったと思います。囲碁も先手有利です。だから、五目半のハンデを付けて打ちます。
ところが将棋に関しては未だ先手後手有利の結論すら出ていません。人間はおろか、力任せに計算するコンピューターですら、わからないのです。
将棋界最強の男、羽生善治が20代の頃、彼は他の棋士よりほんの少しだけ深いところまで読むことが出来ました。その読みの深さは本当に髪の毛一本分ぐらいのものだったそうです。
そして、その髪の毛一本の読みの深さで将棋界七冠王を達成しました。現在も4つのタイトルを保持している(はず)
ただ、脳みそは20代で衰えて来る。その後は経験による勘で指す要素も増えて来るそうです。
ひいては、読まない強さ、つまり直感力ですね。
しかしそれは、今までの膨大な読みの蓄積や、経験の集約からくる、直感、なのです。
適当ではない。


アーティストには3種類のタイプがある。
かしこ※に見えるかしこ、アホに見えるかしこ、アホに見えるアホ。
かしこに見えるアホはあんまり見たことないなあ、たまにお見かけしますが。

アホは、直感力で音楽を捉える。そして、絶えず新鮮にその場の音楽の局面を見ることが出来る。
ものを見ることにおいても、創作する局面においても、アホでいることは実は最高なのだ。
頭を使っているようではまだまだ。
ただ、究極の脳みそ0%星人になるには、大天才の人以外は膨大な思考と経験の積み重ねの先にあるのだ。
何やらと何やらは紙一重、まさにその通りなんだ。
勿論、僕はまだまだ脳みそを使っている。アホに見えるかしこの段階。

さあ皆さん、究極の脳みそ0%を目指そうではないか。

※かしことは、関西弁でいうところの賢者のこと。アホは関西以外では比較的きつい表現に捉えられがちがだ、バカよりはだいぶソフトな感覚で記しています。
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  1. 2009/07/27(月) 13:26:53|
  2. A~D
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謙虚であるということ

謙虚であるということ。

謙虚であるということと、へりくだるということは全く違う。
謙虚であるということは、ありのままの自分を受け入れる、見つめる、ということである。
ぼくは世界一のピアニストになりたいと思っている。
こういう事をいうと、謙虚ではないと思う人が多い。
ぼくは、そう思わない人のほうが謙虚ではないと思っている。
少なくともホロヴィツもハンクジョーンズもぼくも、CDの値段はほぼ同じだ。
それを買って聞いてくれる人に対して、ぼくがその人達と同じ志を持っていないとすれば、それを買ってくれた人に対して謙虚である、といえるのか?


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  1. 2009/07/05(日) 13:47:00|
  2. A
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