中村の考え

芸術家としての型を持たないこと

ある「やりかた」のようなものを身につけてしまうと、それを幾らでも再生産出来るようになってくる。
そのときに、その身についた「やりかた」を勇気を持って捨てることがその後の進歩に大きな影響を与える。
僕のキャリアの最初の10年は無我夢中であがき続けてきただけだが、後の10年はある程度身に付いた型を捨て続ける10年だった。
誰でも、10年ぐらいやったら「そこそこ」出来るようになる。一人前になった「ような」気がする。
しかし、そこでその「そこそこ」の「型」を勇気を持って捨てるか否か、が次のステップへ登る為に重要となってくる。
「型」と「スタイル」は似て非なる物だ。
「型」を捨て続けていってもスタイルは自ずと形成される。というよりも、その人のスタイルというものは求めて得るものではない。
自然と生まれてくるものなのだ。
20歳前半のときに、とあるベーシストの先輩に、ええか中村、「チ●ポで弾け」とアドバイスを受けたことがある。
真意は、自分の中の全てをさらけ出し、手を抜かずに演奏しろ、という意味だと思う。
120%の自分の実力を出し続けること、そうすることにより、自分の「量」を増やしていけるのだ。器用な人は20代で、まだなんにも弾けていないくせに型らしきものを持っていて、そこから出ようとせず、一向に進歩しないミュージシャンは多い。そういう輩を僕は一番嫌う。
まあ僕はそんな低レベルの話がしたい訳ではない。
120%で表現することはとても大変なことだった。苦しみだったが、20代のときそれをやり通したおかげで、30代のときは120%の演奏を楽々出来るようになった。
しかし、ふと、型としてち●ぽで演奏出来るようになっただけのことであるのに気付いた。
いつまでもち●ぽで演奏することがナンセンスであることに気付いたのだ。
僕はその型を捨てた。だから、長く僕を知る人はある時期を境に僕の演奏する内容ががらっと変わったことに気付いたと思う。
とことんまで抽象的な演奏に固執した時期もあったし、全く即興をしないような演奏をする時期もあった。
他ジャンルとのコラボレーションを続けた時期もあった。音色にこだわりぬいた時期もあった。
絶えず自分に負荷をかけ続けてきた。ソロの演奏は過酷だ。誰も助けてくれない。だけど僕は10年ぐらいソロの演奏をやり続けてきた。やり方は必ず変えて。
一番ダメなのは、こうやったらリスナーは満足するだろう、と思うことだ。リスナーが求めているだろう型を再現しなければ、と思うことなのだ。
たとえ、リスナーが全く理解出来ないことであったとしても、自分は新しいやり方を披露していく、という、過酷なハードルを自らに課し続けた者だけが、到達出来る地点があるのだ。
というよりも、そういう本気をこそ求めているリスナーも数多いのだよ。
僕はあくまでそこを目指す。
僕は、永久に完成することはないのだ。
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  1. 2012/10/13(土) 17:04:30|
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