中村の考え

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どこかにシンバルレガートのみで音楽を表現出来るドラマ-はいてませんか??

どこかにシンバルレガートのみで音楽を表現出来るドラマ-はいてませんか??

本当に真っ白で美しいキャンパスに絵を描くのは美に対する冒涜だ、という美術家の話を聞いた事があるような気がします。

勿論極論ですが、ある意味いい得てると思います。
極端なことを言えば、一音で全てが表現出来ればこした事は無い。

それを、自らの表現のためとはいえ音をこねくり回し、風景を乱しているのが音楽家、という度し難い人種だ、ということもできます。

ともかく、僕が演奏上一番気を書けている事は、「風景を乱さない」という事です。
特に、人の伴奏をしているとき、自分より弱い音を出す楽器の伴奏をする時は特に、です。

音というのは、極端な話、出せば出す程、風景は乱れる、というより、複雑化します。
話がややこしくなるのです。

よく、音数を減らせ、と、先輩ミュージシャンたちから言われた事がある人は多いと思います。
間を空けろ、とか。
しかし多くの先輩ミュージシャンたちは、マイルスには間があって、それがかっこいいので、間を空けろ、というレベルの発想で話で終わってしまいます。何のために間を空けるか、そしてそのメリットは、という話はしてくれません。

マイルスの間は、無音、という表現なんですね。

逆に言えば、無音、で表現出来ない限りは、間をあけたところで素敵にはならない。

休符で表現出来るなら、風景は乱さずに音楽を作る事が出来ます。

しかし、じつは逆も可能なんです。

スペースというのを、音で表現する事。

これが出来ると、音数は多いのに、音数が多く聞こえない。

僕は、多くの若者のベーシストに、とりあえず一小節に一音だけにしてくれ、という事があります。
しかし、僕が一緒にやっているベーシストの中村新太郎さんは、必ずしもバラードで音数が少ない訳ではありません。
が、彼の弾く音は、一小節(とは限らないけどとりあえず今は一小節の話なので一小節という言葉を使う)という空間を表現しているので、音数を感じさせないのです。

結局のところ、スペースを意識出来ていれば、休符を演奏しようが、音符を演奏しようが、実のところ大差はないのです。

シンバルレガートだけで表現出来るドラマーは、ちゃんとドラムセット全ての音で表現出来るという事ですね。

また、禅問答じみた話になってしまったが・・・。
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  1. 2006/09/05(火) 17:38:37|
  2. C~D
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