中村の考え

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今現在、僕が陥っている二律背反について

ジャズとは、異なる二つの価値観を高い次元に昇華させる音楽であることはこれまでにも述べてきました。
具体的に、今現在僕が迷い込んでいる袋小路をご紹介したいと思います。

このことに気付いたきっかけは井上淑彦と共演した時の話です。その時ベーシストは中村新太郎で、僕がこのベテラン二人を迎えてセッションライブでした。
淑彦さんは、ライブが終わった時に、「マコッちゃんは本当に自分の世界があるよね~」といいました。
僕はその日、ベテラン二人のラインの接着剤たろうとなるべく音楽を決定づけないように工夫して演奏していました。
なのに、そういわれました。
淑彦さんは、むしろ褒め言葉として僕にその言葉をいってくれたと思いますが、僕には謎が残る一言となりました。
なるほど、自分が「決定づけない」という意思も共演者に伝わるんだなと思ったのです。
そして、それは僕の世界足りえるんだと。
何も決定づけることのみが、中村真の世界を表現する訳ではないんだなという考えに至りました。

さて、ピアノでのバッキングは非常に難しい。
生徒でもアドリブを上手に取る人は結構いるが、バッキング出来る人はほぼいない。
高いレベルでも、プロのピアニストの演奏を時々聴きにいくが、その音圧が与える影響を考えて演奏出来ている人はあまりいない。
はっきりいって世界レベルのピアニストでも、バッキングは感心しない人も多い。ピアノという楽器の音圧を考えられないのです。

かくいう僕も、バッキングは下手です。というか、苦手です。
今までさんざん色んなバッキングのスタイルをやってきましたが、結局、「音楽を決定(限定)するようなバッキングをしない」ということに今は凝ってます。
そうすると、音楽を「決定(限定)しない」という「決定」を音楽に与えてしまっていることが往々にしてあることに最近気付きました。

バッキングはサービス業ではないので、相手に気持よく演奏してもらう、というスタンスが必ずしも正解とはいえません。不正解ともいえないけれども。

ではなく、音楽に自由を与えるのがバッキングの究極なのです。

そこまでは解ってきたのですが、出来ないのです。
僕がそれにトライすると、「決定しないという決定」を音楽に与えてしまうからです。
それは、中村真の世界でしかないのです。

将棋の世界では、相手に手を渡す、という言葉があります。
ピンチの時に、相手に指させるような手を選択することをいいます。
これは将棋では名棋士です。将棋は、相手に困ることをすればいいのですから。
大山康晴十五世名人がこの達人だったそうです。

ですが、演奏家は、相手に「弾かせて」はいけないのです。
僕のバッキングは、相手に自由を与えているのではなく、決定を相手にゆだねてしまっているだけなのです。

これはどう昇華するべきなのか??
この謎の回答はいつ出せるのだろう?その日が来るのが本当に楽しみです。

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  1. 2006/12/12(火) 14:08:49|
  2. D
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8
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コメント

おっしゃる通りです。
コンピングに限らず、かなり感覚的に演奏してます。
料理でも、優れたコックの話を聞くと、かなり感覚的で、素人が聞いてもあまり参考にはなりませんでした。
中村の考えは、それでも出来る限り僕の感覚を言語化しようとしたものです。
知性は、その感覚を磨くために必要不可欠です。
また、僕レベルでは、感覚を知性でコントロールする必要がある訳です。
これを越えちゃうと、感覚に身を委ねて演奏してバランスがとれるレベルに至ると、想像しているのですが。
その辺り、今後も観察して下さい。

ところでsさんは、どなたですか??面識ない人ですか??
  1. 2006/12/16(土) 12:06:10 |
  2. URL |
  3. mako. #-
  4. [ 編集]

コンピングに関していえば、中村さんは耳が良いので、
構成音ではなく「ホギャー」や「スコーン」または「ぷにゅー」
という感じで入れておられる筈です。( ̄∇ ̄
今更理論でも無いわけです。

これら「うりゃー」や「ういーす」は自身の感情から湧き出る
モノですから、もはや音楽じゃ無いかも知れませんね。(⌒▽⌒)

極めていくと何でも感覚世界に入るといいますね~。
ただし「知性が邪魔をする」←これこそが破綻の歯止めになって
良いバランスを保った結果になるのかも・・・。
本人の是非はともかくです。
そのせめぎ合いこそ、観察していて面白いところかも・・・。
  1. 2006/12/16(土) 00:11:40 |
  2. URL |
  3. s #8k04Lhow
  4. [ 編集]

そうなんです。そうなるためにどうすればいいか・・・。
僕の道は険しいです。

sさん。
知性は、しかし手段でしかない訳です。
最終的に100%頭を空っぽにして演奏するためには膨大な量の経験を積まなければいけないのです。
脳みそ0%なら、全ての物事を即興的に捉えられる訳です。
死ぬまでにそうなれるかな・・・。
  1. 2006/12/14(木) 15:13:12 |
  2. URL |
  3. mako. #-
  4. [ 編集]

ある種最も厳しい聴き手がご本人なワケですね。
自分に一生満足しないというのは、インプロヴァイザーの
本能でしょうね~。(⌒▽⌒)
聴き手はその悶え苦しんでいる過程を観察して楽しむ
という悪趣味があるわけですが・・・。(^∇^)

中村さんのコメントを3回読み返してみて、何となく分かったのは
調性の縛りとか無調、そういう事じゃないと・・・。
どだ!!無調だ~!!とかやっちゃうと、それはそれで自由ではない
わけでっすね~。

でも勝手なのですが、変な方が良いですよ。
キワキワなのが。もうあと半歩踏み出すとキ○ガイ。
頭良すぎて頭沸いてる感じの。
崩壊寸前の「変なの」頼みます。(⌒▽⌒)

因みに中村さんから知的前衛(無知前衛の反意語(´-`)は
十分感じてますので。
  1. 2006/12/13(水) 23:05:08 |
  2. URL |
  3. s #8k04Lhow
  4. [ 編集]

おおらかさ という言葉のくくり はいいですね。 それは 感じますよ。
相手奏者を自由に解き放つ 器のおおらかさというかね......
 美の品格をたもちつつ
  1. 2006/12/13(水) 11:53:09 |
  2. URL |
  3. 志六個 #6LV7VrnU
  4. [ 編集]

追伸

文章に対する追伸です。

僕の考える自由は、演奏者に自由を与える、という感覚とは少し違います。
それは勿論含むのですが、少し違う。どちらかというと、音楽におおらかさを与えたいと考えています。
どのような方向に音楽が進もうともOKといえるようなおおらかさ。
勿論、それらには共演者との音楽的な信頼感とリスペクトが必要です。が、同時にそれらを疑ってかかる要素も必要です。
信頼すると、肯定的見地からのみしか見れなくなる恐れがある。
それでは大事なことを見落とすおそれもある。
これは共演者に対していえるのみに非ず、自らのプレイを理性的に批判する脳も必要だと思います。

自由に演奏するということの自由のスパンも非常に重要です。
時間でいうと、5秒の自由は誰にでも出来る。これはほぼ「適当」と同義語です。
ただ、一曲を通して、自由にいて、美を損ねない、となるとこれは非常に難しいことになります。

また、そういう訳でソロ(一人)で演奏すること=自由ではありません。
それはしこたまソロツアーを続けてきて実感していることです。

僕の目指すバッキングの境地は、一曲を通じて音楽のおおらかさを損なわないような、それを与えられるようなバッキングのことです。
そういう意味であれば、演奏者を自由にさせる伴奏をしたい。
5秒の自由を共演者に与えること、共有すること、ではありません。
  1. 2006/12/12(火) 17:35:33 |
  2. URL |
  3. mako. #-
  4. [ 編集]

僕はバッキングは8割のミステイクと2割の可もなく不可もなく、ごくたまにヒットがあるぐらいのレベルです。
僕が、気持よくはある意味不正解だとしたのは、それが目的となって5秒のエクスタシーを得るための「気持よさ」であったらそれは違うと思うのです。
エクスタシーは一瞬訪れるものではなく、もっとスパンの長いエクスタシーの先に音楽の美が存在すると、ぼくは思っているのです。
相手に弾かせる(決定を委ねる)のは、今の所僕の中ではあかんことです。
その間ぐらいに美があると思われますが、そのバランスが難しい。
しかし、共演者に対するリスペクトと、信頼を持って演奏することは大前提です。
しかし、それに慢心しないということもこれまた難しい二律背反です。
  1. 2006/12/12(火) 16:23:53 |
  2. URL |
  3. mako. #-
  4. [ 編集]

愛情があっていいと思います。 ちなみに私はバッキングのときは 相手に気持ちよくなってほしいと思いつつ 演奏します。まあ邪魔になってる場合もあるのですけど、今 持てる全技術で 音楽していく善意というか、相手が よりイメージが見えて先にいけるように、間の手も 相手に善かれ!と 思ってやってるのですけどね。
まぁ それが 違ったらごめんなさいということで ⌒⊥⌒ゞ
相手に弾かせたらダメなのかな?
  1. 2006/12/12(火) 15:34:17 |
  2. URL |
  3. 志六個 #-
  4. [ 編集]

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