中村の考え

練習して出来ることと、練習では出来ないこと

上手くなりたかったら練習すればいい。
何を練習すれば上手くなるか?これは人によるし、近道はない。
いや、近道はあるかもしれない。人によっては、学習に於いて自然に近道を選べる才能がある人がいる。だが、近い道を通ったからといって、得れるものの「深み」は、遠回りをした人より少ないかもしれない。
ということは、遠回りは、実のところ近回りなのかもしれない。

ただ、確信していえることは、どのような練習をしたとしても、それらに無駄なものはない、ということだ。

敬愛するHank Jonesさんもそういっていた。
ソロのフレーズの引き出しがないなら、コピーすればいいし、転調が苦手なら全ての曲をAny Keyで弾けるように練習すればいい。
速い曲が出来ないなら、それも練習すれば出来るようになる。100回やったら101回目にはそれなりのことが出来ているだろう。
ハーモニーが今ひとつだと自分で自覚するならば、理論書を紐解くなり、自分なりに料理をするがごとく、カクテルをミックスするがごとく、一つのコードにあれでもない、これでもない、と音を足していけば、自分の好きなブレンドを作ることも出来るだろう。
タイムが走りまくるなら、メトロノームを使って確認してみるのもいいだろう。
どのようなフレーズや、気持のとき、自分のリズムが狂い出すのだろうか、とか。
指が動かないなら、スケールなりハノンなりフィジカルのトレーニングをすればいい。

上記したことは、全てこれまで僕がやって来たことです。やった上で克服して来たことです。
ただ僕は、コピーはフレーズを得る為だけにはやってなかった。ジャズのトータルな感覚を身につける為にやった。
転調は、絶対音感がある御陰で今でも苦手だが、コード進行の構造を理解することで克服できた。
速い曲は、絶対に不可能なテンポでメンバーと一緒に練習することによって、体で覚えた。今でも100%出来てるとはいえない。
妻は、僕のアップテンポは他のテンポに比べて今ひとつだという。自分でもそう思う。
オスカーピーターソンのような、シンプルなピアニストのコードですら最初は解らなかった。高校生の頃、これでもないあれでもないと、ピアノの前で朝から晩までブレンドを繰り返したことを思い出す。
メトロノームも使って練習もした。僕は、これがリズムのトレーニングにはならないことを18の頃から直感していたので、あくまで確認作業として使っていただけだが。
ただ、僕は18歳の頃から、バラードだけは一人前に弾けた。僕が持っていた、他人と比べて特筆すべき才能は、いってみればこれだけだった。

僕は、意外に思われるかもしれないが、今の自分の音楽を、練習によって身につけたのだ。

その上で、練習だけでは出来ないことがあることも書く。

感性を磨くこと、や、リズムのこと、ピアノの音色を磨くことには練習方法がない。
他の楽器の音色は、練習によって磨くことがある程度可能だし、音色をよくする練習方法がある。だけど、ピアノにはそれはない。だから音色を体系的に学ぶことは困難だ。
経験がものをいう。経験とは、聞くことや演奏することや、上位者から話を聞くことも含む。
僕のピアノの音を、生で聞きに来なさい。そうすれば、音について解ることもあるだろう。
ピアノは、弾くものではなく、引くものだ。鍵盤から下には音はない。上にあるのだ。
これはイメージの話でしかないが、僕には明確にそのイメージがある。
音色は、イメージからしか絶対に生まれない。


ジャズ、いや音楽のリズムの全ては、四分音符に集約されるといって過言ではない。
四分音符がちゃんと打ち出せていたら、他のことは少々どうだっていいのだ。八分音符は実はどんなでもいいのだ。巷よく、はねたらあかんといわれるが、これは嘘っぱちです。四分音符が出来てたらはねてても全然問題無しです。
だが、四分音符を打ち出す、ということは、メトロノームを正確に追うことからは残念ながら導き出せない。
やはり、四分音符を打ち出すタッチ、レガートする、流れていく、繋がっていくイメージを持つことなのだ。
これらは経験からしか得ることは出来ない。

感性に関しては、いうに及ばないだろう。
僕自身が、何故チャリ旅をするのか、その理由は、いちいち説明するに値しない。

だが、練習で出来ないことは、しかし、練習した上でないと絶対に得ることは出来ない。
だから、練習は必要なのだ。練習無しに上手くなることは出来ない。


出来ないことが多かったら、出来ることは少なくなる。

ただそれだけのことだ。

だけど、出来ないことが多くても、出来ることはあるのだ。ともいえる。

アートには、そういう側面もある。
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  1. 2007/10/12(金) 23:21:51|
  2. C
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

空間に音楽があふれ出す、漂うイメージ。
考えるだけで楽しいですね
それならできるだけあなたの音楽を狭い空間で聞いてみたい。
耳で、体で、深呼吸してあなたの音楽を吸い込みたい。
  1. 2008/12/05(金) 11:36:44 |
  2. URL |
  3. maru #-
  4. [ 編集]

ありがとうございました。
私は歌い手なのですが、イメージと言うものを凄く意識して歌っていて、これを読んだ時に”理解したい”と思っての質問でした。
そんな感じでピアノの方が弾いているんだなとイメージしながらその時間を共有したいなと感じました。


北上の演奏行きたかったです。
東北の演奏2日間は見に行きました。
自分にとってとても意味深い2日間の演奏でした。
同じ空気の中にいるだけで、意味があると感じました。

空間の美しさ、素晴らしい。
ピアニシモとフォルテシモも美しい。
最高の2daysでした。
  1. 2008/10/21(火) 23:16:56 |
  2. URL |
  3. miyam #-
  4. [ 編集]

miyamさん。
ピアノの鍵盤を、押し付けても音は出ないということです。
ハンマーはピアノの弦を下から打弦します。
そういうことも含めて、音が上に浮き出てくるイメージを持って演奏することは大事でしょう。
フォルテでもそう。
ただ、クラシック等で、ほんまもんのフォルテシモを一音でならす時、なんかは、弦にハンマーを押し込むようなイメージでならす時があります。
イメージとしては、弦に不規則なしんどうを与えたいなあ、なんて感じかなあ。
敢えて汚い音をならす、というか、そういう成分を響きに含ませる、というようなイメージです。

話は少し変わりますが、先日、北上のファッィオーリを久しぶりに弾きましたが、自分のイメージの中だけに存在する、出せたことが無い音色が、出せました。
面白かったです。

  1. 2008/10/17(金) 19:37:01 |
  2. URL |
  3. mako. #-
  4. [ 編集]

ピアノは、弾くものではなく、引くものだ。鍵盤から下には音はない。上にあるのだ。
この意味を解りたいです。 教えてください。
  1. 2008/10/14(火) 13:24:34 |
  2. URL |
  3. miyam #-
  4. [ 編集]

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