中村の考え

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

本物、偽物、限りなく本物の香りがする偽物

芸術品と工芸品の間には何の区別も存在しない。
芸術品だろうが工芸品だろうがそこにあるのはそれらが、本物か、偽物か、限りなく本物の香りがする偽物か、だけである。
最も一般からありがたがられるのは、限りなく本物の香りのする偽物、だ。
そして偽物には偽物の用途がある。
だが、本物に触れる為には、触れる側にもそれなりの覚悟を要求される。
例えば、本物の茶碗を手に入れる為には目の球が飛び出る程の金銭が必要となる。
ゆえに、最もポピュラリティーを得られないものは、本物だ
ゆえに、本物を作り、極める道は、茨の道である
本物を作る為には、それを一生かけて追い求める覚悟が必要である。
むろんそれは並大抵のことではない。
一度は覚悟を決めた作家が、その覚悟を全うすることが出来ずに終わることもよくある。
その覚悟を、一生かけて全うすることが出来た者だけが、後世にその名と作品を残すことが出来るのだ。
ところが偽物、及び本物の香りがする偽物に従事する作家は、後世に名を残すことよりも、現世での自分の生活の福祉の充実のほうに興味がある反面、本物の作家は、自らの生活の福祉はおろか、後世に名を残すことすら興味の範疇から外れているものなのだ。
本物は、本物を創作することと、それに対する努力にしか興味がないものである。
稀に、本物を作る人でポピュラリティーを得、現世での生活向上に成功する人がいる。
それは、その人が本物だからではない。
それは、ただの偶然の結果に過ぎない。
何かを創作する、ということは、そんなものなのだ。

ところで、創作された物に触れる側としては、その三種類の区別をどうつけたらよいのかが解りづらい。
特に、本物と、限りなく本物の香りのする偽物は、区別が付きづらい。
過去の物は歴史の淘汰を経ているので、本物しか残っていない確立は高いが、現世においてはそれらは混沌と存在するからだ。
ゆえに、その作品が、歴史の淘汰を経て未来に生き残る物なのかどうか、という観点で触れてみる習慣をつけることだ。
そうすれば、自ずと眼力も育とう、というものだ。
モーツァルトの時代には、モーツァルト以外にも、たくさんの、本物によく似た宮廷音楽家や、ただの楽隊も、数多く存在したのだから。
無論、僕は、本物を一生かけて追求する。

共に歩む者、募集中。
スポンサーサイト
  1. 2009/11/22(日) 00:03:55|
  2. A
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<工業製品、工芸品について少し考えてみた | ホーム | 人生に負け癖を付けるな>>

コメント

Yusukeさん、コメントありがとうございます。
Yusukeさんのこれからの人生に幸多きことをお祈りいたします。
これからも自分の価値観に対して忠実に生きていって欲しいです。
決意表明ありがたく受け止めます。
ありがとう。今後ともよろしくお願いいたします。
  1. 2011/12/06(火) 23:17:46 |
  2. URL |
  3. mako. #-
  4. [ 編集]

中西様

初めまして。いつもブログを拝見させていただいております、24歳の会社員です。
私はビジネスで身を立てていこうと考えている者ですが、中村さんが音楽の体験を通し感じられていらっしゃることは、とても示唆が多く勉強になります。
最近お亡くなりになり、時の人となったSteve Jobs氏も、世の中にあるものは、素晴らしい製品かその他のガラクタ、もしくはゴミだとおっしゃっていたと聞きます。
一流の仕事をするためには、一流の眼力は不可欠なのですね。

私も今後の人生でより多くの本物に触れ、眼力を養い、確かなサービス・若しくはプロダクトを世の中に残したいと思います。
共に歩む者として、決意表明がしたかったので、こちらにコメントを残させて頂きました。

今後も新しい記事楽しみにしております。
  1. 2011/11/29(火) 22:33:46 |
  2. URL |
  3. Yusuke AAA #-
  4. [ 編集]

中西さん。コメントに気付かず申し訳ないです。ツアーに行ってたもので。コメント下さるなら、別に承認待ちにしていただかなくてもそのまま御投稿下さいね。

さて、おっしゃっていることは、~でなければならない、というものいいに関してのことと限定させていただいて話させていただきます。

~でなければならないことは、学習段階においては必ず存在します。
ですが、芸術表現においては、それは存在しません。

残念ながら、誰にでも芸術表現は出来るものではありません。
ですが、アマチュアとして音楽を演奏することを楽しむこととそれは別です。
アマチュアである限り、自由に、自分の思うように表現なさればよいかと思われます。

ただこのブログに書いてあることは、プロとして、共に高みを求める人の為に書いてあります。
プロのそういう志を、一般の人に知っていただきたい、という思いも勿論あります。


即興演奏ということについての概念は、以前の中村の考えにも記してあります。御参考下さいませ。
http://nakamuranokangae.blog55.fc2.com/blog-entry-31.html

これからも、中村の考えをご愛読頂ければ幸いです。
  1. 2010/03/06(土) 20:50:45 |
  2. URL |
  3. mako. #-
  4. [ 編集]

はじめまして、私は会社勤めをしながら、趣味でヴォーカルをやってます。毎月、1、2回JAMセッションに参加する程度で歌を
楽しんでおります。歌う曲はJAZZ、
POPS、ブルース、ロックンロール、
ボサノバなどのスタンダードナンバー
を歌っております。ただ最近ちょっと
疑問に思うことがあります。
JAZZミュージシャンってこうでなければ
ならない的な事言う人多くないですか?
声量がないといけないとか、もっと崩して歌わないとおもしろくないとか、リズムを変えないと個性がでないとか・・・
私はメロディーメイカーと言われる人の曲とかは(ポールマッカートニー、ビリージョエル、キャロルキングなど)あまりメロディーを
くずしたくないし、(たまに簡単なフェイクするぐらい)お客さんの中にも原曲に近いほうが
好きな人もいると思うのです。そして別に声量
なくても良い歌歌う人は良い歌歌うと思うのです。ノラ・ジョーンズなんて声量あんまりないですよね。ローリン・ヒルはロバータ・フラックの「killing me softry」歌ってます。少し
レゲエが入ってたりするけどロバータフラック
そっくりですよ その辺は私から言わせれば
聞く人の趣味の違いでどっちでもいいと思うのです 後、即興音楽ができないといけない的な
事をいう人もいますが、これも「どっちでもいいやん」って思うのです。即興でも、ギッチギチに決まりきった音楽やるのもどっちでもOKだと思うのです。JAZZであろうとです。その辺どうでしょうか?



  1. 2010/02/20(土) 21:14:39 |
  2. URL |
  3. 中西 #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://nakamuranokangae.blog55.fc2.com/tb.php/48-338917f6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)