中村の考え

工業製品、工芸品について少し考えてみた

最近松任谷由実のベストアルバムを友達に借りて聞いてみた。
コードの構築の緻密さと丁寧さに驚く。
海へ、という曲のさびのコード。
KeyはB(Hdur)で、コード進行が|E△7|B/E♭|D♭m7 G♭7|B|
という、当たり前のコード進行。
が、よく内声の動きを観察してみると、一小節目がこんな動き
|G♭/E D♭m/E Caug/E D♭m/E |
2小節目もこれにシーケンスする動き。
3小節目にも一拍ずつ内声のG G♯ A B♭という動きを作ることにより、微妙なコードの浮遊感を作っている。
まず、現代のお粗末なポップスではあり得ないコードの動き。
ポップスがアートかどうかと言われれば疑問だが、クラフトではあると思う。
そういう意味で、とても丁寧に作られた作品だと思う。
昔のものは何故かいいものが多い。
何故かと考えてみる。

クラフト物とは商品であり、売り手にとってそれは商売道具である。
いかに優れた工芸品であれ、それは商品である。
作り出す上において、コストダウンを考えるのは当然のことだ。
故に、売り手としては、同レベルのクオリティーのものを作り出すことが出来るなら、人力より機械で作るほうが安上がりのだ。
スタインウェイのピアノも製造番号38万番台ぐらいから以前のものは、フレームをチェコで手作業で作っていたそうだが、それ以降は、バキュームプロセスという、車のエンジンを側を作るシステムと同じシステムにより、作られているそうだ。
スタインウェイとしては、同じクオリティーなら、工業化するほうが安上がりでよい。
ところが、おなじクオリティーであると、作り手が思っているものでも、使用者の側からすると、微妙に、どころか、かなり、違って見えるのだ。
現在のスタインウェイと、昔のそれは、おなじ楽器とは思えない程音色が違う。
たとえば、u3chiのスタインウェイのBは、48万代。これはもう既にバキュームプロセスの時代のピアノではあるが、新しいスタインウェイとは音色が全く違う。
いわきのエリコーナのBは55万代ぐらい。現代のスタインウェイ。
どう違うかというと、u3chiのスタインウェイのほうが、音色が重厚で個性的で、エリコーナのピアノは軽くて音の反応速度が速いが、個性に欠ける音色。
40万番台と50万番台が日本のコンサートホールに最も多い製造番号だが、その二つの違いを感じるプレイヤーは僕以外にも数多くいるはずである。
サックスでも昔のアメリカセルマーのもの、シンバルも昔のトルコに工場があった頃のジルジャンのシンバルがいい、等というミュージシャンは多い。(クラシックの人は新しい楽器を好むが。理由は、古い楽器は音色はともかく、楽器のメカニックな部分が修復不可能なダメージを持っているものが多いから)
僕は、テクノロジーの進歩が、そういった自体を招いているように思う。
たとえば、デザイン等でもそういうことはいえるのではないか?
ある美術家が、イラストレータというソフトの登場で、美術家(デザイナー)のデッサン力が著しく低下したといっていた。
確かに今の音楽家、無論音楽家といっても僕達のような芸術家ではなく、ポップスを量産するようなひとたちの音楽力は、弱まってきているように思う。
たとえば、aikoのコードアレンジ等は、はっきりいってお粗末きわまりない。コ-ドとメロディーが全くちぐはぐ。
玄人には一発で解る。
もしくは、そういった、玄人にしか解らないような工夫は省略されているのかもしれない。
しかし、そういう、少しの手抜きの積み重ねが、総合的なクオリティーの低下に繋がっているように思う。
松任谷由実の曲は、最近のポップとは厚みが違って聞こえるのだ。
音楽の細かいことがわからない人にも、こういった感覚は解るのではないかと思う。


僕は音楽や芸術関係の今年か解らないが、こういうことはたとえば、建築デザインや、家具、漆器や陶器等の工芸品、車の部品、様々なジャンルに言えるのではないかな。
ただ、調律師の狩野さんと話していたのだが、フランスやイタリアには年間一台しか作らないピアノ工房があるのだそうだ。
ピアノという大きな工業製品を、チェンバロやヴァイオリンのように、個人が手作業で作っていくような時代がやってきたのだ、といっていた。
詳しくは知らないが、車にも光岡自動車のようなものもある。
二極化しているのかもしれない。

それぞれの専門家の意見が聞きたいところだ。
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  1. 2010/03/20(土) 16:08:42|
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  4. | コメント:1
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コメント

洗練されたクオリティーの高い物を、消費者が求めなければ、じっくり、丁寧に作り上げる事というのは「ムダ」
になってしまうということではないでしょうか
 皆、大量生産方式で作られたもので満足しているのでしょう 感性という物自体が必要ではないのかもしれませんね
ちなみに私は丁寧に時間をかけて作られた昔の作品
の方が、映画にしても、音楽にしても、好きなものが
多いです 
  1. 2010/03/28(日) 10:01:53 |
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