中村の考え

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即興、即興演奏についての僕の考え

即興、即興演奏についての僕の考え

即興は誰にでも出来る。クラシックのピアニストだろうが、バレリーナだろうが、絵描きだろうが誰にでも出来る。
極端な話、うちのおかんにもおとんにもできる。いや、おとんは音楽家だった・・。

即興が出来ないと思っている人がいるとすれば、それは思い込みだ。そんな難しいこと出来るはずがないと。
僕に言わせれば、モーツアルトの譜面を演奏する事の方がよほど難しい。
だが、クオリティの高い即興をするのは難しいことだ。

即興に於けるアンサンブルで例を示そう。
これまでいろんな人と即興によるセッションをした。ジャンルも問わず様々な人々と。
今一な即興をする人は、相手の出しているモチーフに対する追随のシーンが多い。
いい即興家は、相手の出してきたモチーフに対しての発展や応用を提案するシーンが多い。
追随するのがダメではない。追随とはいわば、ニュートラルな状態。車の運転でいえば、アイドリングしている状態。
状態には大きくわけて3種類あると思う。
追随の状態、離反の状態、そして、応用の状態。
相手が仮に「A」という提案をしたとする。すると、それに対して「A」と返答するのみであるならば、その場は発展していかない。相手がAで来るならば、では僕はBでいこう、とか、ほう、Aで来たか、それならば僕はA’にしてみようと、少しでもいいから変化技を出していけば、話はどんどん広がっていくし、立体的になる。
いいアンサンブルには、応用の状態が多い。それどころか僕は意図的に追随の状態を避ける事も多々ある。
追随とは、ユニゾンの状態、とも言い換えることが出来る。
とある優れた即興演奏家は、ダンス等とコラボレーションの即興をするとき、意図的にダンスを見ないようにして演奏する、といっていた。それもある意味正解だと思う。極端だが。
それは即興を追随の状態を避ける、といったレベルの話ではなく、「繋がる」ということの本当の意味を問う、といった意味合いの方が大きいだろうけど。
兎も角、ユニゾンは少なければ少ない程良い。
ユニゾンは、作り込まれた、大編成の作品に置いてモチーフに厚みを持たせたりするときに使う手法だ。例えばオーケストラで、トロンボーンをオクターブでユニゾンで鳴らすと単体で鳴らすよりも厚みが生じる、とか。
作り込まれた作品で会ったとしても小編成の作品であれば、ユニゾンのシーンは少なくなればなるほど良いと、僕は考えている。

この話は完全即興の話を主眼として書かれていますが、実はそれ以外の事柄、例えばジャズのトリオのアンサンブル等に於いても同じことが言えると思う。
相手の発言(モチーフ)に対して、新しい提案をする、そして、その提案に対してまた新しい提案を繰り返していく。そういうアンサンブルが、有機的で、美しいアンサンブルとなる。
また、ソロで即興をやるときも同じことだ。自分の出したモチーフを、繰り返すのみでは平坦な即興となる。そのモチーフに対して、自分の中で新たな提案を考えていく。

精神的即興感に関しての考えは、過去のブログにありますのでご一読ください。


http://nakamuranokangae.blog55.fc2.com/blog-entry-31.html






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  1. 2011/11/24(木) 14:12:11|
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