中村の考え

理論を学習する意味とは?

音楽を勉強している人からよくうける質問に、理論の話があります。
ある人は理論なんか意味がない、私は感覚でやりたいのだ、といいます。
またある人は、この音は理論的に正しいのですか?また、あの音は理論的にはどういう音ですか?と質問します。
どちらの質問者も理論を正しく把握しているといえません。

理論とは、感覚を否定するものでも、演奏上での法則でもありません。

では理論とは何か?

以前にも書きましたが、即興演奏といえど秩序があります。
秩序を否定した所に芸術は絶対にあり得ません。これは前提です。(ただし、秩序の中に、あえて無秩序である状態を造り出すことはよくやりますね。)
しかし、いうまでもなく理論は秩序立ってはいますが、芸術と呼べるものは理論上にはありません。
そもそも音楽理論とは、過去の偉大な芸術家の感性によって演奏(作曲)された音楽を解析し、モデル化されたものなのです。
ベートーベンや、モーツァルト、バッハやその他の偉大な作曲家達、またはチャーリーパーカーやコルトレーン、マイルスデイビス等の偉大な即興演奏家達の優れた作品を、分析モデル化したものなのです。

あくまで、分析され、モデル化されたものであり、それ自体ではないのです。
言い換えれば、理論とは物事を最小限に秩序だてたものなのです。

理論を学習することにより、過去の偉大なアーティストの感覚を多少なりと掴むことができ、又それこそ理論を学ぶ目的なのですが、そこから直接的に音楽を導き出すことは出来ません。

さて、芸術にとってもっとも重要な要素はバランス感覚です。

例えていうなら音楽理論を学ぶことは、画家の写生や模写と似たようなものです。
ピカソは、抽象的な、バランスをあえて崩したような絵を書きます。
しかし、彼が若い頃、写生や模写をしてそのバランス感覚を磨いたことは容易に想像出来ます。

いうまでもなく、いかにピカソとはいえ、彼の書いた写生や模写は、芸術とはいえません。

しかし、 その学習により、バランス感覚を身につけ、はじめて色んな色使いや構図を用いることができるようになったのです。
同様に、理論を学ぶことによって、色々な音使いが出来るようになるのです。

理論は、覚えることに意味があるものではありません。
マスターして、自分の感覚として取り込んで初めて意味をなすものなのです。
理論は使える音を指定しているものではないのです。

理論的に使えない音というのは存在しますが、芸術的に使えない音というのはありません。
C7のときにBの音を使うことは理論的には不可能ですが、僕は使います。
ただし、芸術のバランス感覚をまだ獲得していない人が表面的にその音使いを真似したとしても、その音を使えていることにはなりません。
その音を芸術的に使う為には、その瞬間の縦のハーモニーは勿論、それまでの音とのつながり、それからの音とのつながりと関連性があるのです。
ひいては、その曲の(即興でもいいけど)演奏全てとの関連性の上に成り立つからです。

話は少しそれますが、ジャズ理論に裏コードというものがあります。
簡単に説明しますと、裏コードとはドミナント7コードというもっとも緊張感のあるコードの構成音である3度と7度の音をひっくり返し、新たに構成されるドミナント7コードは、元のドミナント7コードと機能を等しくし、それで代理出来るというものなのです。具体的にはG7はD♭7で代理出来るのですが、裏コードだけで1冊本が書ける程の奥行きのあるものなのです。
あるベーシストはこの理論の事をG7の時にD♭7の音が「使える」という認識しか持ってませんでした。
そうではないのです。
G7の時にD♭7の音が使えるというのは、単なるはめ込みでしかなく、ましてや、理論という狭義なものに対するはめ込みでしかないのです。
くれぐれも、理論は全てを説明しているものではないのです。あくまで、狭義のモデルでしかないのです。
むしろ大事なのは、そのプロセスの方です。

予断ですが僕にとって、全てのジャズ理論の中でもっとも興味深いのがこの裏コードです。
某サックス奏者のウェブに裏コードをとても良く説明したコンテンツを見たことがありました。
興味深かったです。


ジャズとは、共通のルールの中に正解を見つけだす音楽ではなく、自分自身のルールを見つけていく※音楽なのです。
あくまで、個人的な音楽なのです。
素晴らしいユニットには、そのユニットの中の言語があります。
他人は、その言語は理解出来ません。
理解出来ないから、奇跡が起こっているように聞こえるのです。
ウィントンマルサリスのブルースアレイのライブ盤は恐らく歴史に残るアルバムとなるでしょう。
あのバンドの中で起こっている事は、恐らく当事者は解りきってやっているのでしょうが、客観的に聞いている人たちには奇跡が起こっているように聞こえます。
その中には、あのグループでしかあり得ない音楽上のルールがあるのです。

マイルスデイビスの「マイルススマイルズ」等はもっと顕著かもしれませんね。
僕にはジャズ史上もっとも難解な音楽に聞こえます。

あれは、マイルスデイビスグループの音楽なのです。マイルス、ウェイン、ハービー、ロン、トニー、にしか出来ない音楽なのです。
そこに理論的整合性を求める事はほぼ無理です。


理論とは、共通のルールのことではありません。
そして、理論をマスターすることは、自分自身のルールを見つける※もっとも近道なのです。




読返してみて、見つけるというよりは、作るというのが相応しいように思います。
また、ルールという言葉はあまり相応しくないようにも思います。
ルールという言葉にはどうしても、「must」という意味合いが付きまといますから。
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  1. 2006/03/02(木) 00:57:56|
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